Wednesday, November 11, 2020

 あっという間に2020年が過ぎ去ろうとしています。今年はコロナ感染拡大でNPOのお仕事はほぼ休止となりました。休止になって思ったことはいろいろありますが、神さまの働きは前進しています。というのも結局のところ、2013年に設立した時は神さまがこの働きを通してイスラエルの民へ琴の音色を届けなさいと言われていたと思うのです。そのために必要なことを確かに神様は備えてくださいました。被災地はまず南三陸へ。ここがイスラエルの医療団が真っ先にきて助けてくれた地であることは皆さんも良くご存知かと思います。2011年3月11日の大地震の後イスラエルへ行き、イスラエルで多くの人が日本を心配して祈ってくれている姿を見ました。私はこのことからも神様は琴の音色を通して癒しと慰めを届けなさいと言われたのだと思うのです。2013年から7年間、この間に神さまが備えられなかったことはありません。でも、昨年後半からどこかが違う。。その思いが胸を占めるようになりました。何が違うのだろう。ボランティアに出かける為のメンバーとの練習に平安がなくなりました。どうして神様は働かれないのか?神様ではないことに活動が向けられている。そう思いました。そして私は祈りました。あなたの思いを果たせないなら閉じてください。

今年、突然のようにコロナの流行。これを受けてシャロームは全く活動できなくなりました。神様はいろいろなやり方で応えを出される方ですが、コロナがその答えとするのは早急ですね。でも、きっかけとなったのは確かなことで、活動を次の段階へと進めていくときかと。イスラエルのために働くということに理解できない人もいます。NPOを始めた時にはイスラエルを祝福し、そのことを祈る仲間たちが周りに多くいて、それがあまりにも空気のように自然で一緒に活動をする人の中にそうでない人がいることに気づきませんでした。でも、神様はわかっておられた。いつ私が気付くかを待っておられた。そうとも思えました。神様は決して変わる事のないかたですから私の方が変わっていたのですね。それをどう修正するか、それも神様は待っておられた。神様の憐れみで昨年11月に2週間イスラエルで過ごしました。この時の喜びと楽しみが今の私の活動力ともなっています。神様の愛する地で神様の愛する民に事の音色を届けることを第一にすること。これが神様の心。もちろん、住んでいる場所が札幌ですからこの地に住む傷ついた方達に琴の音色で癒しと慰めを届けることも神様の心。だけど、そのために神様のやり方ではないやり方をしてはいけない。神様抜きではいけない。

このボランティア活動を始めたころ、大きな集会でさえ、私たちは神様を見上げて琴を弾き、決して自分のためには弾かなかった。どんな時にも神様を賛美していた。そう思うと年月と人の違いでこんなにも私は神様から遠ざかっていたのか。という思いです。やり方は間違っていない、あなたが自己中心なのだろうという人たちもいるかもしれませんが、そうなると私はとにかく1抜けますということになったかと。私が抜けた後、自由にやってくださいと。。でも、それもしたくないというのが人ですね。なのでここで活動は辞めるのでした。シャローム活動終了まで後2週間足らず。もう少し残務処理をして「一人NPO」を辞めるときが近づきます。やり方が変だとかNPOじゃないだろうとか言われてももうこれで終わるのです。私は神様と一緒に働きたいだけです。思いのままを書きました。わがままな私を愛してくださってありがとうございました。(写真はイスラエルを愛する仲間たちと南三陸で。2013年6月の事でした。)


No comments:

Post a Comment